2015年春。ひとつのラインに掛けた情熱の記録。
1月中旬からの厳冬期黒部横断は、結局まともなトライにならなかった。それでも貧素な食事で16日間も山に篭っていれば、クライミングの調子はガタ落ちだ。手始めに近所の岩場にある美しいカンテを目標に体を作った。吉田和正さんが設定したプロジェクトだった。彼は別のプロジェクトにトライ中で、カンテのプロジェクトは登って構わないとのことだった。ここまでカッコ良いカンテラインは日本で見たことがない。ご厚意に甘え、ありがたくトライさせてもらった。135度に傾いたカンテは一見すると登攀不可能に思えてしまうが、カンテの奥にガバが用意されていて、強傾斜のカンテにヒールを掛けながらの奮闘的なクライミングを楽しめる。パンプして終盤で力尽きることが多いフィジカルな内容だ。なまった体を叩き起こすのにも、ちょうど良い課題であった。ジムでも少しずつ登りこみ、カンテは3日目に完登することができた。5.13b程度だろう。
体はまだ本調子とはいかないものの、自分のイメージどおりに動きつつある。カンテのプロジェクトと同時に、もうひとつのプロジェクトとして教えてもらったハングしたクラックが気になった。吉田さんが言うには5.14aはあるのではとの事だった。3mほどのハング帯は、クラックが閉じてしまっていてプロテクションはまともに取ることができず、ボルトが必要になりそうと聞いた。当然ボルトレスを目指す。ひとまず、岩場を回りこんで上から懸垂下降してホールドの確認と掃除をした。試登しようとシューズも持っていたが、核心となるハング帯は傾斜が強すぎプロテクションも取れず一人ではムーブを起こすことさえできずにその日を終えた。
トライを開始して14日目。初めてトップロープで落ちずに登りきることが出来た。強傾斜のハングで悪いホールドを保持するルートだったので体重も大きく影響する。トライを始めたころから5kg減量し20年間で最も軽量な体になっていた。かなり激烈なダイエットでフラフラし最軽量時は力がでなかった。そこから1kg程体重を戻した辺りがこのルートに対する私のベスト体重だったようだ。
以下、終盤のトライを日記風に
4月30日
ほぼ、食べない、水も飲まないというダイエットで、57.4kgを記録。20年ほどで最軽量。
5月1日
遠藤君と朝5時集合。普通だったら30分ほどのアプローチなのだが、力が出ずに途中でゆっくり休憩して岩場に到着。初めてのピンクポイント本気トライ。失敗してショックアブソーバーがズタボロに。でもプロテクションも結構効いているようで、良い流れを作れた。夜、家族で焼肉パーティー。久しぶりに肉を食うと力がみなぎった。
フォールを支えたプロテクションとショックアブソーバー。レッドポイントトライ時は、ハング帯にカムフックとボールナッツを使用した。
5月2日
倉上君と夕方トライ。風がなくヌメってダメ。ライトを付けて夜もやってみたが、空気は湿って暖かい。明朝、出直すことに。
5月3日
3時に起きて涼しい朝のトライを狙った。本日3度目、日が当たる直前の6時30分頃にピンクポイントで完登。核心を抜けてから手の感覚が無く、レストしまくって上部をこなした。とても嬉しい。
久々にガッツリと飯を食べて瑞牆へ移動、昼から「Sky Rocket 5.13c 4P」へ。3P目の核心5.13cは、1回目でムーブがスンナリとできて調子の良さを感じたが、明日へ持ち越し。
5月4日
「Sky Rocket」核心ピッチを3度トライするも失敗。疲れが出てきている。雨がぱらつく15時に撤収した。
5月5日
3時起き。5日目のクライミングで体はバキバキだったが、なんとか朝一トライで3P目をRP。猛烈にパンプし吼えまくってしまった。4P目は佐藤がOS失敗、倉上君が次のトライでOSし、「Sky
Rocket 5.13c 4P」チームフリーで完登。10年振り?第2登であろうか。
午後は重い足を引きずって大面岩に移動。こちらも第2登のない「コスモス5.13a 7P」へ。1P目の5.12cを気合で完登し、倉上君にバトンタッチ。3P目の難しい5.12dで2度失敗するものの、根性の3度目のトライで倉上君が素晴らしいRPをした所で下降した。21時半下山。16時間半と、久々の長時間クライミングとなった。
5月8日
瑞牆クライミングでリフレッシュしてプロジェクトに戻ってきた。再び3時起き。今日から真剣RPトライの開始。1トライして失敗。しかし、悪くないトライだ。ボールナッツも耐えてくれた。練習して明日に備える。特に危険な上部のムーブに少し進展あり。
5月9日
今日も早朝からRPトライ。パートナーは後輩の村井。しかし、気温・湿度共に高く失敗。折角無理を押してビレイしてくれた村井に申し訳なかった。しかし調子は悪くない。深追いせずに明日に備えた。
2015年5月10日
トライ20日目を迎える。自分の体は今までになく切れているが、今の調子を維持できるのはそう長くないだろう。なんとかしてRPしたい。今朝も3時に起床した。早起きはもう日課となってしまって辛くない。倉上君にビレイしてもらって1トライ目。今回も一番確率の悪いクロスムーブで失敗する。しかし、気温は低く風もあって条件は最高だ。厄介な回収を終えて取り付きに戻ると既に6:20となっていた。6:30には日が昇りハングを暖め始めてしまう。次のトライに掛ける。
トライカムを丁寧にきめて一旦、取り付きにクライムダウン。集中して素早くレイバックでハング下まで駆け上がった。ナッツを2つ。そして、流れるようにボールナッツを苦しい体勢できめた。ここまでの6mとプロテクション設置の数ムーブはアプローチであるが、どれだけ洗練させても小さな消耗が残ってしまうのだった。1シェイクだけして核心ムーブに入る。たった10手程のボルダームーブだ。当初、一手も出来なかった10手を流れるように完璧にこなした。ボールナッツでランナウトしている。息を殺してナッツをきめてから、小さくひと吼え。集中して傾斜の落ちたフィンガークラックを5m登り、ワイドクラックをランナウトして終了点に到達した。「絶対決める。」そんな風に意気込んでいたわりに、RPできてしまったことが信じられず、終了点でしばし呆然としてしまった。
プロテクションをすべて回収して取り付きに戻ると、まだ朝の7時前だというのに強い日差しが眩しい。ラストチャンスを物にしたことを実感した。
この岩場のシーズンは冬である。春になると6時45分には暑すぎて、危険を伴うリードトライはできず、5月からは集合時間が朝4~5時になることも多かった。しかも、トライは週に1度などではなく、終盤は週に6日通うこともあった。そんな早朝クライミングの多くに付き合ってくれた遠藤拓真君と倉上慶大君、私にとって大きな前進となったTRでの完登トライをビレイしてくれた妻、応援してくれた娘と息子に大感謝であります。
私がクライミング初心者だったころ、クライミングジムで置いてあった「岩と雪 134号」に掲載されたマーズ(発表時5.13d。実際は、世界初のクラックの5.14aと思われる)の初登記録を読んで衝撃を受けました。「頼む登らせてくれ。。。」熱い登攀記を何度も読み返しました。リアルタイムでもないバックナンバーの一記事に大いに刺激をもらったものです。当時から25年以上もクライミング一筋に情熱を注ぎ続けている吉田和正さんと、出会えたことは私にとって得がたいものでありました。ありがとうございます。
いつまでも情熱をもってクライミングに取り組んで行きたい。そう思います。
ルート名は「情熱の薔薇」。グレードは5.14b R。
ルート概要
容易なワイドクラックがありそのコーナーをやさしいクライミングで上がると取り付きのテラスである。
ワイドから始まるクラックは、ハング帯で一旦途切れリス状となる。このハング帯が核心となり、四段程の10手でハングを越せば、再びクラックの形状を取り戻す。上部はフィンガーからワイドクラックとなり、終了点へ。
プロテクションは、ボルトを使用していない。ナッツ中心となった。それに要となるハング部分にボールナッツ。出だしはトライカムを使用して、主にパッシブプロテクションを使用しての完登となった。クラックの閉じたハング部分でのプロテクションが特に問題で、極小カム(TCU#000)等で当初試していたが、TR時のロープテンションでも外れてしまうことが多く、リード時のプロテクションには使えなかった。ピンクポイント時は、カムフックとボールナッツで固め取りしてプロテクションとした。レッドポイント時は、カムフックを設置する余裕がなくボールナッツのみでのトライとなった。RPトライ時、核心ムーブ前半で何度か失敗し、その都度ボールナッツがフォールを止めてくれた。核心ムーブ後半では、ボールナッツが足元より下になって危険度が増す。最後は数手の1級/初段ほどだが、そこでフォールしボールナッツが抜けてしまうとハング下の尖ったカンテに叩き付けられて、相当痛そうなのでRをつけた。幸いにも私は、RPトライでは核心ムーブ後半で失敗することなく完登することができた。